花柚子(新潟市)

新潟駅万代口から徒歩3分。東大通1丁目の飲食店が立ち並ぶ界隈のビル3階にある。開店が昨年の11月ということで、まだオープンから2ヶ月しか経っていない。それだけにネット上の情報も非常に少ない。ホットペッパーに更新情報が掲載されているのみで、食べログなどの口コミもまだ0件である。

「新潟駅前」「佐渡の酒が飲める」「魚が美味い」という条件で探していて見つけた店で、昨年までは同じく万代口の「えびす鯛」を利用していたのだが、ちょっと趣向を変えたかった。ネット上での店探しに時間を費やしているうちに数店の候補が上がってきたのだが、「花柚子」はどうも私の好みに最も合いそうで、候補から消すことが出来ずにいた。例年万代島のホテルに宿泊しているだけに、わざわざ駅前まで行くのは骨が折れる。そういう意味で、万代島ビルディング内の「結」も捨てがたかったのだが、ここはひとつ己の直感に頼ることにした。

1週間前になって、予約の電話を入れてみる。「あのー…静かな席があればお願いしたいのですが…」「あー、当店はお客様に静かにご利用いただいていますので大丈夫ですよー。カウンターでも座敷でも当日お選びください」。席が当日選べるということは、そんなに混雑はしないのだな、と思いながらも、恐らく店主であるらしい人物の声を聞きながら「うん、直感に外れはなさそうだ」という確信が強くなっていた。

やはり予約の電話ひとつでも、アルバイトの子と店主では声の気迫が異なる。何と言うか「不動の声」。動じない、といえば良いだろうか、たった予約だけの数分の電話なのに、安心を感じさせるに十二分の声であった。

花柚子を選んだのにはもう一つ理由がある。営業時間だ。日曜は休みで、それ以外の17:30-24:00が営業日となっている。これは個人店主が経営する店に多いパターンである。年中無休であったり、夕方から明け方まで営業している店は料理人も何人かいて、店舗運営が組織的になっていたりする。

いちおう自営業の範疇にいる私としては、この「こだわりのある個人商店」を近年求めるようになった。2-3ヶ月おきに利用している某県のヘアサロンもそうだし、食事もそういう店を選びがちである。もちろん、組織的な店も悪くはない。でも、今はこの「こだわり」とか「クセの強さ」のようなものを嗅ぎ取ることを楽しみにしていたりする。

さて。

朝、乗船時間まで間があったので新潟駅から佐渡汽船まで歩いたのだが、何も考えずにたまたま通った道で見上げた先に「花柚子」という黄色い看板があった。「ここだったのか…」本当の雑居ビルである。看板も開店2ヶ月には見えない古さを感じる。「大丈夫かな…」不安がよぎったのは事実だが、夕方ここに戻った時に直感を検証することにした。

日帰りで佐渡から戻って19時、入店。
店内にお客さんは誰もいない。一旦は座敷に座ろうとしたのだが、呼び出しボタンがない。呼び出しボタンに慣れてしまった現代っ子(?)としては一瞬ためらいが生じ、カウンターに座らせてもらうことにした。

カウンターの脇では南蛮海老が水槽で泳いでいる。

「生、お願いします」

プレミアムエビスが出てきた。いいチョイスだ。「生、」を注文して出てくるビールの種類で、その店のセンスを感じるというものだ。

早速お通しが出てくる。里芋をふかして1.5cm程度の厚さで輪切りにしたものが2つ。それぞれに黄色と茶色の田楽味噌が塗ってある。うん。センスがいい。皮をはがしながら湯気の立つ里芋に箸を入れる。

お通し不要論というのもあるそうだが、私はそうは思わない。お通しにその店のセンスが集約されていると思うからだ。お通しは基本的に店の言いなりに従わざるを得ない。逆に言うと、お通しはその店の集大成とも言える。だからお通しがイマイチな店は全部イマイチだし、お通しが良い店は全体が良いというのはひとつの法則のようなものだ。

とりあえず、「地魚の盛り合わせ」と「アン肝ポン酢」を注文する。

カウンターで店長(店長、とバイトの子から呼ばれていたので)が手際よく仕込んである刺身をさばいていく。横長長方形の皿に、少しずつ鯖、真鯛、烏賊などが乗って出てきた。のど黒の炙りもある。

この時点で、「え?刺身、こんなに少ない?」と感じたのも事実だったので、ボッタクリだったらどうしようと不安になった部分も30%くらいあったことは正直記しておこう。

しかし、その小さな切り身はどれも味が濃く、確かにこの大きさがちょうどよいと思われるものだった。のど黒は焼き物にするものだとばかり思っていたが、刺身でも充分いける。

ここで佐渡の「真野鶴 純米 鶴」と「北雪 本醸造」をオーダー。前者は甘口で、どんどん飲める。後者はすっぱい感じがして、もう頼むことはないだろう。

友人が「ふきのとうの天ぷら」を注文。まだ1月の中旬なのに。店長いわく「初物なんですよ」と。「もち豚ポークソテーサラダ」も出てきた。ホームページに、契約農家から直接野菜を仕入れているという記載があったが、確かに野菜は新鮮でどれも味が引き立っている。

ここで、「〆張鶴 月」を1合。飲みやすい。

興味本位で「南蛮海老の踊り食い」を頼んでみた。海老が皿の上でピチピチ跳ねている。「尻尾を外して、頭を持って尻尾の方を醤油につけて、味噌ごと吸い込んで食べるんです」と店長。

「いや~ん生きてる~」と女の子ばりの反応をしていたら店長が、「じゃあ、足だけ取っておきましょうか」と皮と足を外してくれた。「こういうものを食べると、死ぬとき閻魔大王に裁かれるんだよな」とか言いながら口に放り込む。

当然口の中で暴れることもなく、臭みもなく新鮮で絶品。これだけの鮮度の商品を用意するのも苦労が多いだろう。

だんだん私も調子に乗ってきて「店長、この流れで次は何を飲むべきですか。決めてください!」と銘柄選びを依頼する。「じゃあ、佐渡の酒が多かったから、田友(でんゆう)行ってみますか」

「田友」、初めて聞いた酒だが、店のオープンに当たって酒蔵の社長がわざわざあいさつに来てくれたらしい。

同時に「佐渡の天領盃もどうですか」ということで「天領盃 純米吟醸 朱鷺浪漫」を1合。ここまでで計5合。友人は「殻付生牡蠣」を注文。恐らく、私は生牡蠣はこれが初めてのはずである。「へえー新潟で牡蠣が獲れるんだー」と話していたら、長崎産とのことだった。

流れとしては、だんだん温かいもの、焼き物に移るのが良い。「のど黒の塩焼き」をオーダー。こののど黒、1,980円となっているが、翌日新潟駅内の魚屋を歩いていたら「のど黒 3,500円」で売っていた。大きさも同じだし、花柚子ののど黒は大変リーズナブルである。

「いやー結構食べたね」

「店長、私1年に1回新潟に来るんですけど、何かこれ食べておけ!というものありますかね」

そうしたら店長が、「是非、野菜を食べてください」という。これは意外だった。お任せともなれば、もう少し高価格帯のものを勧めるのが商人だと思う。でも店長は、「季節の地野菜盛り合わせ 780円」を指定してくれた。からし菜、赤カブ?など詳しい種類は忘れたが、赤・紫・緑、と色彩まばゆい野菜のスライスが少しずつ多種、お皿に散りばめられて出てきた。これもスライス1枚ずつ店長が水につけながら丁寧に盛り付けしていた。

シャキッ!一つひとつに歯ごたえがあり、また味が濃い。ただ健康のために野菜を食べているというよりも、立派な料理として野菜を味わっている。見た目の美しさも他に例えようがない。

ここに店長の素材に対する誠実さと心意気を感じるのだ。この店は間違いない。直感は大正解だった。確信した瞬間である。

こうする間も店長は大根の桂むきを黙々としている。

「すごいな。あの桂むきを食べられる客は、本当に幸せだよね」友人と話していると、店長が「あ、私のこと?」とニコッと笑う。カウンターの楽しさはここにある。

ここでやっとぞろぞろとグループ客が入ってきた。勤め人仕事帰りであろう。中年の男女が入り混じっている。しかし、こういう客は飲んで話をして盛り上がることが目的なので、あまり大した注文はしない。恐らく、店長が「これを食べてくれ」と思っているメニューはまず注文しない。酒も、「飲み放題あります?」てな感じで、味わうという目的では来ていない。

店長にとっては、毒にも薬にもならない客、といったところだろうか。やがてそのグループが大声で盛り上がり始めた。私としてはまだそこまではしゃいでいるという印象は受けなかったが、そこは店長。「あの、お静かにお願いします」と板場を抜けて注意しにいった。

私としては心の中でスタンディングオーベーションである。

「すごいですね、お客さんに注意できるお店ってのはなかなか無いと思いますよ」「いやー他のお客さまに静かに落ち着いて食事をしてもらいたいので…」

これはもう自営業の鑑のような店長である。大繁盛には繋がらないかもしれないが、最終的に生き残るのはこういう筋を持った店長のいる店だと私は確信している。

「そろそろ〆に向かいますかね…」「栃尾油揚げ 葱味噌」を注文。熱々に焼いてある油揚げに葱味噌が塗ってあり、鰹節がたくさん掛かっている。〆に向かう下り坂のお供としては最適なチョイスである。ここで気になっていた「北雪梅酒」をストレートで。

「店長、〆の日本酒、お願いします」「そうですねぇ~じゃあ、YK35、いきますか」

「わーい!」友人とハイタッチである。YK35、佐渡の北雪大吟醸限定YK35は「山田錦」「熊本酵母(協会9号)」「精米歩合35%」というかつての新酒鑑評会における金賞受賞総舐めの方程式に従って作られた酒で、最高級と言えるだろう。

ワイングラスが目の前に置かれてテンションが上がる。そこに群青色のまぶしいボトルに金色で「北雪YK35」と書かれた酒が注がれる。確か90ml(0.5合)で1,200円であったと思う。まあ、佐渡汽船の売店で買えば半値で飲めるのだが、そこを最後にこの店で飲むことに意味がある。

「こういう酒の味を覚えちゃったら、人生破滅するよね」言いながらも、お米のワインに舌鼓を打ち、友人と二人でうっとりしている。さすがYK35。

「店長、〆の食事もお願いします」「そうですねえーうちはご飯ものも出しているんですが、新潟産のコシヒカリだから、どこの店にもある言えばそうなんですよ。だからここはお米よりも、蕎麦でどうですか。うちのは乾麺から戻してますけど、美味しいですよ」「お願いしまーす」

「長岡 手まりそば」が出てきた。確か、食通は山葵をつゆに溶かさないで、その都度そばの上に乗せて食べるらしいという話を聞いたことがある。一口ずつ、箸で取りやすいように麺をまとめてくれている。確かに、美味いわ。ツルッと入っていく。

「店長、すいません、日本酒、最後の最後でもう1合!」「じゃあ、これいきましょうか!」

「越の鶴 純米大吟醸 雷いかづち」。価格はYK35と同じになっているが、インパクトはYK35には敵わないか。でも、最後の最後、グランドフィナーレを飾るに相応しい一杯である。

完全試合を達成した。そんな満足感が自分の中に勝手に充満している。

「本当にごちそうさまでした!また来年も必ず来ます!」こう言って店を出る。店長、エレベーターまで送ってくださった。ひとり1万円。意外な金額だった(もっと高くても良いよね、という意味)。地魚盛り合わせに飾ってあった魚の骨を焼いてせんべいにしてもらったのだが、後でレシートを見ると、これはサービスになっている。

ポリシーを貫くのは大変だろうけれど、いつまでもいつまでもお店を続けて欲しい。大衆に受けなくても、コアなファンはこれからジワジワと付いていくことだろう。花柚子。また来年も必ず行きます。